2010年3月18日木曜日

2010年3月横浜にて


神奈川と東京での活動に向けて種まきを始めた。今日は横浜の桜木町のとある窓口に相談ごと。
毎度のことだがあせらずに進めたい。道中みなとみらい界隈の既存の建物を転用した赤レンガ倉庫や旧富士銀行等建物が目に入る。窓口の方同様にこれらの建物にも大いに勇気付けられた。近く東京文京区のとある窓口も訪ねる予定。

2010年3月13日土曜日

2010年3月深谷にて


深谷駅前のランドマークでもあるキンカ堂が倒産した。

2010年3月12日金曜日

2010年3月深谷にて



旧七ツ梅酒造の一角に深谷シネマが移転する。現在急ピッチで進められている。

銀座の街路


東京銀座の目抜き通りを行き交うどれくらいの人が気づいているか。この通りで最近よく耳にする外国語を話す諸姉諸兄はまずご存じないだろう。この東アジアを代表する輝ける街路の街灯の立て替えが粛々と進められている。直線と曲線を組み合わせた形の既存の街灯に比べ新しいものはすべて直線で全てがLEDの光源に成っている。よく観察すると直線は文節されて銀座のネオンの呼吸に合っている。
数年前に新聞紙面でこの実施案を知った。設計者を観ると松井淳とあった。現在前橋の大学で教授をされている松井先生であることを知った。先生にはもう十年以上前に短期間であったがほぼ生まれて初めて創造することのおもしろさを教わった。設計、デザインよりも遙かに以前の話だ。これからは銀座を歩くたびに初心に戻れる気がする。

2010年3月8日月曜日

ジョンルーリーの展覧会

先月だったか青山のワタリウム美術館からジョンルーリーの展覧会の案内が届いた。混乱した。ジョンルーリーといえばジャームッシュの「ストレンジャーザンパラダイス」「ダウンバイロー」とチョイ役でベンダース「パリテキサス」とい現役では最高の2人の映画監督に愛されたまことに羨ましい俳優。または音楽家として知られる。しかしその彼の展覧会とはどういうことか。案内に寄ると何年か前に病気をわずらいそれ以降画家として活動し最近はその評価も頗る高いという。病気をきっかけに画家になったと聞くと真っ先にアンリマティスを思いださずにいられないがこの展覧会は楽しみだ。まずは先にあげた3本の映画を見直してから行こうと思う。

2008年9月リバプール


FACT(Foundation for Art and Creative Technology)の一階の喫茶。

上の女性はディレクターその奥にこの船の作品のアーティスト


この年の秋は美術家タムラサトル氏がリバプールビエンナーレに参加されるということでそのオープニングに合わせてイギリスのリバプールに向かった。到着したオープニングの前日慌ただしい準備風景をタムラ氏に案内していただいた。
まず驚いたことがリバプールの町中に大型クレーンが林立し大型工事が至る所でみられた。ちょっとした上海。この年リバプールはEU文化都市に選ばれ都市の整備が活発だという。
氏の電気仕掛けのインスタレーションはかつて貿易で繁栄を謳歌した港を見下ろす丘に建つ巨大なリバプール大聖堂の堀に作られた墓地に建つ鉄道の発展に寄与した偉人のメモリアルの内部を使用したもの。


2010年3月当時を振り返って

2010年3月7日日曜日

2010年3月2日火曜日

クリストとジャンヌクロード

東京ミッドタウンでクリストとジャンヌクロードの展覧会を観た。何年か前たしか2005年の雪の舞う新年早々NYのセントラルパークで彼らのThe gateを観た。あの広大な公園内を縦横無人に二階建てに相当するほどの高さの彼らのトレードカラーともいえる蜜柑色に塗られたスチールの無数のゲートを設置するしたプロジェクトで公開中大変関心を集めた。大勢の見物客とすれ違いながらぶらぶらしたあと公園沿いにあるグッゲンハイム美術館のギャラリーでThe gateの洪水のようなスケッチの大群に遭遇した。美術館のガラス一枚を境に夢と実現が同居する瞬間がそこにあった。
あれから5年。今回の展覧会の入り口の部分に大きないわば彼らのプロジェクトの歴史がグラフ化されて展示されていた。The gateをはじめライヒスタークを包む等々ひとめでのプロジェクトの時間のかけ方がわかる。どれをとっても10,20,30年間という時間をかけてまるで打ち上げ花火のような非常に短い時間の演出をするために人生をかけて活動をしていることを知った。The gateにほぼ偶然遭遇してから5年間の自分のことを振り返ってみるとライヒスタークやセントラルパークを相手にするその作品のスケールよりも物事に取り組む姿勢のスケールの違いを見せつけられた。まずは10年スパンのスケジュール帳を作ることからはじめたい。